TVで見るより声が大きいということ

 まずは、こちらのフリップネタを見てください。

youtu.be

 私が好きだったお笑い芸人、霜降り明星粗品のネタです。


 

 上に示した動画では、4:33頃に以下のようなネタが挿入されています。

フリップ「TVで見るより声大きいですね」

粗品「知らん! それお前ん家のTVの音量によるやろ! なぁ。俺は知らんぞ、そんなもん」

 粗品が、街で偶然会ったファンに言われたのであろう「TVで見る粗品さんの声よりも、実際の粗品さんの声の方が大きいですね」という言葉。それに対して、「いや、それはあなたの家のTVの音量によるでしょう。それに、あなたの家のTVの音量がどれくらいなのかは知らないから、あなたが普段聞いている俺の声がどれくらい大きいのかなんて知る由もありませんよ」と、まあ、その時は口にこそ出さなかったけど、言われた時には心の中でツッコミを入れましたよ、ということを伝えてくれるネタです。

 

 私はこのネタが大好きなのですが、笑いどころとしては、以下に集約されるでしょう。

・「TVで見るより声大きいですね」という発言の異常性

・「それお前ん家のTVの音量によるやろ」というツッコミ(とその発想)の新鮮さ

・上記のツッコミで先の発言の異常性に気付いた時のアハ体験、またツッコミへの共感

・その他(粗品の声が面白い、粗品の発言は全て面白いものだと刷り込まれている等)

 ちなみに後半の「なぁ。俺は知らんぞ、そんなもん」パートは面白くない、というか、完全な蛇足パートだと思うので、笑う人はいないものとしました。

 

 私が初めてこのネタを見たのはいつだったかな、と思って調べたら、2020年8月15日に放送されたフジテレビ制作『千鳥のクセがスゴいネタGP』のパイロット版でした。粗品が自分の生まれ育った街・大阪をdisるネタのメドレー中に挿入されたネタのひとつです。この言葉も粗品の地元・大阪で言われたことだったのかもしれませんね。

 そんな私ですが、このネタを初めて見たときに、「あはは、確かにそうだなー」と思ったのと同時に、「ん? そうだろうか??」とも思ったと記憶しています。

 まず覚えた違和感は、「それお前ん家のTVの音量によるやろ」というツッコミに対するもの。たしかに粗品が言っていることは正しいのですが、それはそれとして、映像メディアの音量とか抜きに声が大きい人っているじゃないですか。そんなに大きくなくても聞こえてるから! と不安になるくらい声がでかい人とか。いますよね。この前も六本木駅近くのマクドナルド店内にいました。嘘じゃないです。本当本当✋。マックのJKが言っているので本当です。

 閑話休題

 だから、とにかく、粗品もそういう「そもそも声がでかい」タイプの人間だったのではないか、と私は思うのです。なので、大阪の街で粗品を見たその人も、別に普段のTVの音量とかは一切関係なく、純粋に、「うわっ、粗品ってTVよりも実生活のほうが声が大きいんだなぁ」と感じ、思わずそれを指摘してしまったのではないでしょうか。

 

 ところで、この「TVで見るより声大きいですね」という言葉。

 長らく(約2年間)、私はこの言葉を、「大阪の街で粗品を見かけた人が粗品に掛けた第一声」だと思っていました。でも、よく考えるとそれはおかしい。なぜなら、道行く人の声の音量というものは、外見から分かるものではないからです。道行く人の声、そしてその声の大きさは、その人としゃべってみて初めて分かるもの。

ですから、シチュエーションとしては

道行く人「すみません、霜降り明星粗品さん……ですか?」

粗品「はい、粗品ですー(クソデカボイス)」

道行く人「わあ、本物や(大阪における出来事なので関西弁)。TVで見るより声大きいですね

 という感じだったのではないか……と推測できます。でも、これはこれでおかしいのです。なぜなら、街ですれ違った人の、「すみません、霜降り明星粗品さんですか?」という、「おそるおそる声をかけてみました……」という感じの呼びかけに対して、普通の人間はクソデカボイスで応答したりしないから。てか、正直このシチュエーションにおいてクソデカボイスで対応する人って、かなりヤバいと思うんですよ。たしかに粗品は抱えてる借金額もヤバいらしいし、たぶんヤバい人なんだろうけど……でも、私が言いたいのはそういうことじゃなくて!

 これはコミュニケーションの話です。

 例えば、

 

道行く人「おー! 霜降りなんちゃらの兄ちゃんや! なあ!! まだ彼女おらんのか*1!!!」

粗品粗品ですー!!!!😡

道行く人「変な名前やな!!!!! いつも見てんで!!!!!! TVで見るより声デカいな!!!!!!!」

 

 

などのような、「デリカシー完全ゼロ人間とのクソデカボイス・バトル」的シチュエーションであれば、「TVで見るより大きい声」を引き出すことができる、というのはご理解頂けると思います。しかし、原文は「TVで見るより声大きいですね*2。この文だけでは、「TVで見るより声大きいですね」の発言者が男性性と女性性のどちらを持っていたのかは判断しかねるところですが、とりあえず、「大きい(≠デカい)」「ですね」などの要素とその内容から、「一定の丁寧さを維持しつつも、お笑い芸人相手だからちょっとイジってみようかな」という、真面目さの中に少しユーモアのエッセンスを含ませた返しをしたいと考えた発言者の意図が読み取れます。

 そんな、思慮深い言葉遣いで話しかけてきた道行く人に対して、クソデカボイスで応答する人間……はっきり言って、失礼にもほどがあります。お笑い芸人は良くも悪くも(広義の)公人ですし、その在り方もコンプライアンスでぐるぐる巻きにされている時代です。すれ違ったファンの方の思慮深い挨拶に、TV以上の大声で返す。これは礼儀に非礼で返すも同然です。そんなことを、この令和の時代のお笑い芸人がするものでしょうか? それも、“一般の方” 相手に……

 

 ここまで書いてみて、私はふと思いました。「『TVで見るより声大きいですね』という言葉を粗品相手に使うことは不可能なんじゃないか?」と……

 例えば、「粗品」で思い浮かぶ姿やセリフ、そしてその時の声のトーンってどんな感じのものか……と聞かれると、たぶん、最初に頭に浮かぶのは、手のひらを上に向けて指をクイッとやりながら客席に向かってそこそこの声量のダミ声でツッコんでいる姿ではないかと思います。そしてそんな粗品から発される言葉は、例えば今回のトピックでの「知らん! それお前ん家のテレビの音量によるやろ!」だったり、はたまた、サザエさんネタでの「起転転転!」だったりするでしょう。我々が思いつく粗品の声って、ああいうツッコミなんですよ。で、それはきっと「TVで見るより声大きいですね」の発言者も一緒だったのではないかと思います。あの大きなダミ声を想像しながら、「TVで見るより声大きいですね」と、つい本人に言ってしまったんじゃないかと思うのです。

 でも、実際そんなことありえるでしょうか。だって、あのツッコミの声より大きい声を出すシチュエーションなんて滅多にないからです。ましてや、大阪の街でファンと会った時に出す声がそんな大きさなわけが……

 つまり、「TVで見るより声大きいですね」というセリフは粗品相手に用いることはできないのです。

 よって、このネタは全くのナンセンスなものであり、リアリティに欠けているものであり、現実に起こりえないと結論付けられます。

 

 ……とは言いつつも、このネタの着眼点は本当に好きです。普段ありそうな言葉に対して、普段考えないようなところにツッコミが入るから面白い。「これ、違和感あるけどここを笑っていいのかな」と観客が思っているときに、いいタイミングで適切に期待を超えるツッコミを入れてくれるから安心して観られる。粗品含め、霜降り明星はそういうネタが上手いですよね。

 新型コロナウイルスから回復されたおふたりの、今後のさらなる活躍を願っています!


 ちなみに。

 『千鳥のクセがスゴいネタGP』のWikipedia記事には、2020年8月15日放送回のグランプリ作品が掲載されていて、それによれば「トータルテンボス大村・晴空親子」の替え歌ネタだったそうです。あー、そうだったかもしれない。高橋克実さんが選んだやつだった気がする。高橋克実さんは『トリビアの泉』の頃から普通に好きですが、この回のグランプリ選出に関してはセンスが最悪です。全くもってセンスがいいと思えない。あの、本当に最悪でした。

 父親であるトータルテンボス大村を息子さんがdisるネタだったように記憶していますが(というかこの親子のネタって基本そんな感じだった気がする)、まず、この令和の時代に人前で実の親をdisって何が面白いのか、ということは(子供には酷かもしれませんが)申し上げておきたいです。また、もしこのdisが“大人”の指示であるならば、そんな“大人”なネタ作家は、実の子供に実の親をdisらせるというネタを書いて何が楽しかったのか……ということも申し上げたい。TV業界人の倫理観を、私は問うているのです。

 そして想定する中でも一番最悪なのは、トータルテンボス大村本人の持ち込みネタである可能性です。もし本当にそうだったならば、「実の父親をその息子がdisる! これはおもろいやろなぁ……」という魂胆が見え見えなので、お笑い芸人としてもう一度ネタの練り直しを考えたほうがよかったのではないかと思います。

 でもそういった意味では、この替え歌ネタにグランプリという称号を授けたのは、高橋さんなりの優しさであり、情けだったのかな、という気もしますね。いま、高橋さんの株が上がりました。

 トータルテンボスの大村さん、そして高橋克実さん、ご両人の今後のご活躍を、これからも楽しみにしています! 頑張ってください

 

 でも、この回で歌ネタを推すのであれば、私は秋山(ロバート山と本のユニットだから秋山)の『便所のタンクの上に咲く専門の花』にすべきだった、という風に思います。替え歌に逃げずにオリジナル楽曲で勝負に挑んできた点は言わずもがなですが、トイレのタンクの上に置かれた造花に目を付けたところも、それを「どんな花よりも美しい」と評したところも、「咲き乱れる」と形容したところも、「専門」と言い回したところも、山本さんのよくわからない立ち位置も、「絶やしちゃいけない素敵なオアシス What you gonna do?(謎テンポ)」も、すべてが最高でした。YouTubeで公開されているバージョンとは歌詞が違う点も、結果的にTV放送版にプレミア性を付与することにつながっていたので、よかったと思います。

*1:粗品は2021年末に結婚している。

*2:ネタを作るにあたって実際に言われた言葉に多少の改変を加えている可能性はもちろんあるが、ここでは底本としてフリップの表記を信じることにした