金縛り

 「金縛り」。

 小さい頃、この言葉にはオカルティックな響きがありました。

 「金縛りにあって動けないでいると、足のない女性が近づいてきて……」そんな話に発展しがちだったように思います。もしかすると、今の小さい子の間でもそうかもしれません。


 さて。
 私事ですが、自分もここ数年、金縛りに遭うことが増えました。

 時間帯は決まっていませんが、とにかく寝ている間の夜中や朝方。ほぼ頭は覚醒している、それなのに身体が痺れたように動かせない。あの不気味な感覚を覚える機会が、明らかに増えました。
 そして、その機会が増えるごとに、「なるほど、金縛りと幽霊の関係性は、ある意味では嘘ではないのだな」と思うようになりました。というのも、私が金縛りに遭う時には、かなりの確率でリアルな幻覚を見ることになるからです。

 


 

 先日の話をしますね。
 太陽が上り、空も明るくなってきた時間帯。明らかに起きているのに、身体が動かせないことに気付きました。頭まで布団を被っているので外の状況が分かりませんが、身体は動かせません。
 ああ、やばい。動かない。この気持ち悪い感覚……またです。何度目かの金縛りです。

 その感覚に(悪い意味で)悶えていると、徐々に、感覚が学校の体育館に移っていきました。

 ん?🤔


 お前は何を言っているんだ。

 朝やろ。

 自宅やろ。

 そう思ったかもしれませんが、ええと……他に形容しようがないのですが、本当に、布団ごと、マットレスごと、そして動かない身体ごと、小学校の体育館に移動したのです。もっとも、自分は頭まで布団を被っています。ですから布団の外のことは視認できません。でも、布団の周りからはキュッキュッという、体育館の床と上履きが擦れるあの音と、それから子供たちの声が聞こえてきていました。それらの要素によって、そこが体育館……それも小学校の体育館だと分かったわけです。

 

 しばらくするとカチッカチッというクリック音が聞こえてきました。

 クリック音。

 そうです、白い、昔ながらのデスクトップPCに付属しているマウスのクリック音です。

 はじめ私は、隣の部屋で姉がリモートワークをしているか、リモート授業を受けている音だと思いました。しかし、そのクリック音は徐々に大きくなってきて、その音の数も増えてきています。どうやら、パソコンを使用しているであろう人の気配も増えてきたようです。だんだん話し声も聞こえてきた。隣の部屋から聞こえるにしてはずいぶん大きな音だな。壁めっちゃ薄いな。

 ふと、自分の左手にもマウスが握られていることに気付きます。あっ、クリックも出来ますね。さらに、マウスを持ったまま左手を少しひねると、マウスの下から出る赤い光線が壁に当たっているのが見えます。布団を被っている、とは言いましたが、身体の横のところだけ、たまたま布団の隙間ができていたので、壁に反射した赤色を確認することができました。
 ああ、この光。現実ですね(幻覚です。)

 さて。

 「現実ですね」と冗談で書いてますが、頭では分かってるんです。これが現実ではない、ということは。

 ただ、子供たちの足音とか、喧騒とか、クリック音とか、あとは壁に当たるマウスの赤いレーザー光線とか、とにかく聞こえるもの、見えるものは本当にリアルなのです。身体を動かせないから布団の外は視認はできないけど、たぶん周りには子供がいっぱいいるし、隣の部屋では大勢の人がリモート授業を受けている(いま思えば「大勢がリモート授業」って意味分からないですね。“密”じゃん)。

 

 体育館に置かれた布団の周りの子供の足音も、増えてきました。

 再三ですが、これは現実ではないことは分かっています。

 私は、家で寝ている。

 ここは自宅の私室のベッドの上。

 でも、かつ、私の体と布団は体育館にあり、壁を隔てた向こうにはリモート授業の部屋があるのです。いや、そんなはずはないんだ、ここは家なんだ……と自分の感覚を否定する気持ちは当然ありましたが、それにしてはあまりにもリアルな感覚で、とてもじゃないけど否定なんかできなかった。聞こえてくる足音、床の音、子供たちの声、クリック音、リモート勢の話し声。そのすべてが異様なほど現実味を帯びていました。いま実際に耳に入ってきている音としかいいようがなかった。これ子供たちの声は全部霊障なんじゃないか、この家自体事故物件なんじゃないかと疑いもしたので、多少、恐怖もありました。一方、そんなことを考えつつも自分の頭は「そんなことはありえない」「この音は全て嘘だ」「ていうか今までこの家で生きてきて霊障に遭ったことなんかないじゃん」と思える程度には正気です。でも、だからこそ、その聴覚刺激のリアルさを認めざるを得ず、とうとう私は「もう……わからん!!!!」という、理解不能の領域に足を踏み入れたのでした。

 

 改めて、状況を整理します。

 私は自宅のベッドの上で、金縛りにあっている。

 布団をかぶっているので外の様子は分からないし、身体を動かせないので、視界を覆う掛け布団をどかすことができない。

 一方、聴覚を頼りに考えると、わたしは体育館にいる。

 子供たちが走り回り、上履きと床とが擦れて、きゅっ、きゅっ、と音を立てている。

気付けば、壁の向こうからクリック音が聞こえてくる。そのクリック音と人の気配は増えていく。いつの間にか、身体を動かせないはずの私の左手にはマウスが握られている。

 ……ごめんなさい。やはり状況、整理出来ませんでした。もう、カオスです。意味が分かりません。

 そんななか、ある声がきっかけで状況が一変します。
 それは、唐突に布団の外から聞こえてきた

 「なんやこれ」

 という子供の声でした。
 体育館で遊んでいた子供のひとりが、そこに置かれた謎の布団に気付いたようです。むしろよう今まで気付かんかったな。

 ……って、は???
 「なんやこれ」、やと????

 その言葉を聞いた私は、正直本気でイラつきました。
 あのさぁ……それはこっちのセリフなわけですよ。わかるか????

 こっちはただ寝ていただけなのに、体育館に飛ばされて、マウスも握らされて、体は動かないし!!

 「なんやこれ」はこっちのセリフだよ、ばーか!!!

 このシチュエーションがなんなのかむしろこっちがききてえよ!!!!

 ということで、私は思わず
 「知らんがな!」
 と応えました。
 そうしたら、子供たちはめちゃくちゃ笑います。もう「wwwwww」って感じ。すぐに私は、「うるさい!」と叫びました。





 ・・・・・・という、直近の金縛りの話ですが、その記憶もここまでです。
 オチもなにもありません。小学生にIQゼロの反論をして終わりです。

 さて。
 私は冒頭、「なるほど、金縛りと幽霊の関係性は、ある意味では嘘ではないのだな」と書きました。その意味が、以上の文章を読んだ方にはお分かり頂けたかと思います。私の経験上、金縛りの時に見る幻覚、幻聴は、非常にリアルな質感を持っているのです。今回ご紹介した話では子供たちが登場しましたが、人によってはこの幻覚が幽霊のような質感を持っていた可能性もあるのです。そうであれば、金縛りの時に幽霊があらわれるという話はあながち嘘ではない、というか、金縛り中に幽霊の幻覚を見る可能性もゼロではないわけですね。ですから、ああいった話を頭ごなしに否定することはできないのです。
 他にも、「ベッドの真横に立って『自分はクレクレタコラである』と言い張る円盤生物ノーバの幻覚」とか、「鍵をかけたはずの部屋に魔法のように入ってきた母の知り合いの不動産業者さんの幻覚」とか、「布団の外から聞こえてきたSoul'd Outの新曲の幻聴」とか、その他諸々、金縛り中のエピソードはいくつかあります。特に面白そうなエピソードが生まれたら、またご紹介しますね。

 特にこれと言ってもなにもない、シンプルに「昨日見た夢の話など興味ない、退屈さ……」という感想を持たれてしまいそうな、右肩下がりの話でした。

 ではまたね。